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仕事できない障害

専門用語でいうところの"発達障害"のひとが書いています。

周囲の支えと理解

発達障害

働き始めてから、はや1年ほど

社会に出ると、自分の順位みたいのがわかるんです

圧倒的に下のほうだということをしみじみ感じています

 

発達障害は、周囲の支えと理解がないと生きていけないなと痛感しています

 

「俺様どうよ?スゲーだろ」という人

ときどきいますけれどね

 

社会性がないというか、社会の仕組みをわかっていないんですよ

自分もそういう時期がありました

 

発達障害に理解がないのは許せん!!!みたいなブログみますけれど

そんなに知られてないですよ

それに障害に興味持っている人なんてごくごく少数です

 

 

障害者同士いることは回復につながるのか

精神医学

私は病院のデイケアというものに行ったことがありません

病院にデイケアがなかったからです

それにデイケア自体を知りませんでした

 

発達障害と知らずに、ひとり悪戦苦闘してバイトをしていました

 

それが功を奏したのか、デイケアというぬるま湯につからずに済みました

 

今考えているのですが、障害者同士いることは回復につながるのでしょうか

デイケアや就労移行を使って、余計に悪くなった事例を聞きます

 

やはり障害者同士や病気の人同士でいたのでは、回復にはつながらないのではないでしょうか

 

障害者ばかりのところに健常者がいると就労移行のスタッフのように数年でやめてしまいます

 

私自身も障害者ばかりのところにいると疲れます

 

それに社会では障害者ばかりではなく、健常者のいるところのほうが圧倒的に多いのです

 

この人たちに合わせて生きていくのが、いいのではないでしょうか

 

また弱者支援か

障害者福祉

今日は用があり、役所を訪れました。

そうしたら、就職困難者向けのサービスが出来上がっていました。

 

またか

 

それ、ニート支援でさんざん叩かれたでしょ。

今度もまたやるんですか?

職員の職場づくりとしか言いようのない”弱者支援”

 

相談者が椅子に座っていても誰も対応せずにパソコン画面に食い入っている様子。

 

おいおい、人間相手の商売なのか、パソコン相手の商売なのか

どっちなんだい?

 

これが弱者支援の実態なのかなと思うと、憂鬱になり役所での用事も上の空になってしまいました。その後の帰宅途中でもそうでした。

 

ひょっとすると周りが変な奴に囲まれているのではないか

障害者福祉

題名の通り、障害者は変な奴に囲まれながら生活しているのではないでしょうか。

 

変な親

変な職員

変な先生

変な役所の人

変な障害者

などなど

 

特別支援校も問題ある教師の姥捨て山として機能していると聞きますし、

多くの会社では障害者雇用は一人に任せっきりであるし

誰も障害者にかかわりたくはないので押し付け合い(押し付け愛)が始まるんでしょうね。

その結果として、変な連中に囲まれながらの生活を送らざるを得ないのではないでしょうか。

 

 

悔しいと挫折感と無念

仕事ができない

周りの最大限の配慮をもってしても、普通の人の半分という実力

自分のふがいなさと同時に、周りの障害者も見てきた

作業所、訓練施設、職場

 

やはり、劣っている

 

何もかもが劣っているのである

障害者は劣っている存在なのだ

もちろん誰もそんなことを言うわけもない

でも事実である

 

健常者に鼻くそをほじりながら勤務する者がいるだろうか?

それ、商品だよね?

わかってんのー?

 

 

発達障害

だんだん暖かくなり、日が出るのも早くなってきました。

いまだに障害者を使った付け狙いは続いています。

 

周りの配慮がありつつも、この程度なのかという低レベルな次元

これを否が応でも受け入れざるを得ません。

 

東京にまで行ってきました

障害者福祉

東京にまで行ってきました。

前までは、とてもではないけれどいけませんでした。

ただ帰ってきたときに疲労が出てしまいました。

まだまだだなと思っています。

 

原因はわかっています

家のこと

誤診による影響

福祉施設の執拗な嫌がらせ

これがミックスされて出てきているのです

 

まだまだ発達障害はわかっていないようです

それは、”発達障害”という障害が世の中にあるということだけではなく

いかに悲惨な人生を歩まなくてはならないか知らない人が多いということです